本、映画の紹介

映画 『アバター』を観て

(内容についても書かれているので、映画を見る予定の方はご注意ください)

超久しぶりに映画館に行った。
タイトルの『アバター』を聞いただけでは、あまり見る気が起きなかったのだが、
実際は、タイトルから想像していたのとは、かなり違っていて、子供にも見せられる、
上質のファンタジーに仕上がっていた。

3D映画初体験、始めのうちは目が慣れずに、かなり違和感があったが、やはり迫力満点。
字幕が妙に浮いてしまっていたが、まだ発展途上なので仕方あるまい。

映像美を心ゆくまで、堪能するには、2千円を払って3D映画館で見るしかない。その価値有りと私はみた。とにかくこの映画の醍醐味は、映像美である。

内容に関しては、私の好みのお話ではあるが、
正直な所、日本のアニメの影響が大きくはないだろうか。

宮崎駿作品、特に『風の谷のナウシカ』 『もののけ姫』とそっくり?と思わせるキャラクター、設定、ストーリー展開。(木の精などが特にその代表)

主人曰く、『未来少年コナン』のコナンと同じ動きだよ。さらに『攻殻機動隊』 『エヴァンゲリオン』の影響もある?

逆に言うと、日本のアニメの影響はもの凄いということだ。

この映画を見て、日本アニメは実に大したものだと感心したのは、私だけか。

映画では、対比が上手く使われている。ナヴィとその森は世にも美しく描かれるが、
人間の住む基地は、悲惨で心も醜く、描写されている。

主人公は、醜い状態から始まり、浄化されて、次第に変貌を遂げる。
実に爽快なイニシエーション ストーリーにもなっている。

インディアンがモデルになっていると思われる ナヴィの人たちとの戦いぶりを見て、
やはり『ダンス ウィズ ウルヴス』を彷彿しない訳には行かないが、

痛快なのは、超文明と自負している人類(西洋文明)が、

軽蔑かつ搾取しようとしている、太古原初的ナヴィ(東洋文明)に

破れてしまうところである。

西洋を代表する所のハリウッドが、こんな結末を用意するのだから、
時代も変わったものだ。一東洋人としては嬉しいところである。

また この映画は、実に東洋(概念)を彷彿とさせる。

神道に関するものを調べ始めて、日本人がいかに自然崇拝をしてきたか、

というのを実感するばかりなのだが、映画にて、世にも美しく描かれているナヴィの人たちの生き方は、

日本人の神道を彷彿とさせる。

日本には一体、御神木がどれほどあることか。
あらゆる自然物に神を見出し、崇めて来た太古の日本人はナヴィに負けないくらい、スピリチュアルだったはずだ。

命がけで神の棲む山に登り、神社を建て、修行に励んだ山伏たちに思いを馳せてみよう。
ナヴィは先祖崇拝だが、日本人もしかり。日本にはおびただしい数の伝説があり、神秘に溢れている。

人間の基地で、ナヴィの人たちの価値観を説明する時、その神秘で未知のものに対して、 "deity" という単語を使っていたのを 私は聞き逃さなかった。

なぜなら、英語で日本文化を説明する際に、この"deity" という単語は

なくてはならない必須の単語だからである。

ハワイの先住民たち、アメリカ先住民たちも、

驚く程、日本人と共通の価値観を持っている。

彼らも自然を敬い、共存することを第一にして生きて来た人たちだ。

フラダンスがこれほど日本で人気を博しているのは、根っことなる部分(自然崇拝思想)が共通しているからではないか。

日本は明治維新以後、すっかり中身まで西洋化したように見えるが、果たして本当にそうだろうか。

最近、逆戻り現象をよく目にする。 新しい物好きで、プラスになると思われるものは躊躇わず接種する、なんとも柔軟で、逞しい国民性を持つ日本人であるが、

方向転換するのも、これまた速い。近年の日本的なものに関するブームはその一環ではないか。江戸、仏像ブームなど。

世界は刻一刻、変わりつつある。

自然環境保護、共存、共生を目指す世界には、

映画のナヴィの人たちのような、心の在り方がふさわしい。

だからこそ、監督は、主人公ジェイクを ターザンのように、

西洋文明に返すのではなく、

ひとつの理想の生き方として、ナヴィとなって、

パンドラに残る方を選ばせたのではないか。

タイトルは 『ナヴィ』 の方がずっとぴったり来ると思うのだが、いかがなものか。

そういえば、『ラストサムライ』も似たような構造を持つ。

ミイラ取りがミイラになってしまうのだが、
あの映画では、日本人の暮らしがまるで桃源郷のように 美しく描かれている。

それに魅せられた トムクルーズ扮する西洋人は、
身も心もすっかりサムライになって、共に戦い、命を散らすのだ。
まるで主人公ジェイクのように。 (ジェイクは死なないが)

東洋的なものと 西洋的なものが、衝突し、

ただ一方が 破壊されてしまうのではなく

融合し、共存していける道はきっとある

と、私は信じている。

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"The Book of Tea"was not a book of tea.

The Book of Tea

岡倉天心 著作 『茶の本』 をたった今読み終わったところ。。

日本文化を紹介するには、日本文化を深く愛し、理解することが不可欠。

あらゆる場面で影を落とす、「お茶の世界」は避けて通ること能わず。。

ということで、ついにお茶の世界を覗いてみることに。

先日の裏千家インターナショナル主催の、英語によるデモンストレーションは

素晴らしかった。 畳の部屋に美しい姿勢で出入りする

着物姿の日本女性がなんと絵になって、美しいことか、、。

まさに別世界でありました。

1906年になんとニューヨークで出版されたこの本は

今でも読み継がれているというので、自然と手が伸びた。

しかし読み始めて驚いた。実に激しく、熱い語りに圧倒される。

お茶の本と思って読んだが、違っていた。

これは茶道を基盤として、日本人の精神性を解いたものであり、

当時、一流の文化人であった岡倉天心が、東洋人である日本人が西洋人たちに

全く誤解されていることに憤怒して

激しく非難、弁護し、熱く語った<日本人論>とも言える。

時代からしても、相当ストレスが溜まっていたに違いない。

実際の所、あれを西洋人が今読んでみて、不快に思わないかどうか、

心配になるくらいである。

相当深いところまで、言及されており、これはお茶の世界だけでなく

いわゆる、「道」と名のつくものに共通するところが多分にあるだろう。

時折、びっくりする程、感情の奔流があり、こちらも一緒に流されること

しばしばであるが、豊かな感受性、厳しい審美眼、日本人としての誇りに満ち溢れた

この短い本は、現在この本を手に取る 日本人ばかりでなく、

帝国主義時代の 西洋人をも圧倒せしめたのではないだろうか。

偉大な過去のTea Masters が例外なく、 Zen Buddhist monks 

であったという事実が語るもの

中国の古典に精通していた著者が、語る中国宋時代の美学。

その精神を綿々と受け継いで来たのは、中国ではなく、この日本であり

気の遠くなるような時を経て、今もなお お茶の世界だけでなく、

様々なところで息づいているという不思議。

道教の影響は思った以上に深い。日本の風土に適合した結果、

神道と融合しているようにも思える。

日本人の refinement に対する この真摯な姿勢

美術品を自分の命を犠牲にしてまで守ったという武士の話

花の命を尊び、花を偲んで碑を建てる宗匠

千利休の壮絶な最後

日本人であることを誇りに思う、一冊である。


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『何故日本人は優秀な人々なのか』

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アメリカ人による、好意的な日本人論

Why the Japanese are a Superior People!

著者は Boye Lafayette De Mente

日本在住の経験と、上智大学でも学んだことのある

日本に関する著作が驚く程多い 著者である。

あまりに面白いので、一気に読んだ。

日本人が超右脳人間である、という脳科学者の発見を元に

なるほど!と思う説明が続く。

日本人は、なぜこういう風な行動をとるのか?

という根本的な説明が、社会、歴史、心理的根拠を元に

分かりやすく展開されており、これは日本人にとっても実に有益な著書である。

日本人がなぜ英語の習得に苦労するのか?

日本語は右脳で処理し、英語を使う時には、わざわざ!左脳にスイッチしている、

という驚くべき事実。複雑な漢字を習うことにより、

手先の器用さ、忍耐力、形状認知力が

抜群になったという説明には目から鱗。

言葉がそれほどまでに人の能力に作用するのか、と驚く。

日本語を使い、日本的な振る舞いが身に付いてこそ、日本人になるのである!

母音ばかりの日本語は右脳で、まるで音楽のように認知されているらしい。

それによって、日本人は世界でも稀にみる、驚異的なまでの、「右脳人間」に

なり得ているというのだ。

またそれが、日本人のあらゆる成功の秘密と繋がっているという論調が

全体を貫いている。他にも、日本人特有の事柄についてのエッセイが

盛り込まれ、極めて興味深い。

日本人を自分でよく理解してこそ、外国人との接し方が分かるというものだ。

これはガイドに携わる人だけでなく、外国人と接することの多い人にもお勧めの

大変読みやすい(字も大きい)英文による本である。

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